つくりものがたりにっき

創作文章を載せているブログです

あけみのトリック

『いつものことだけどね……』
 私は内心そのように思いながら、暗い洞窟の中を歩いていた。手に持った懐中電灯の明かりだけが足元を照らしている。
「ゆみちゃん、怖いね……」
 そう言いながら私の左肘をつかんでいるのは、幼馴染のあけみだ。彼女は懐中電灯を持っていないので、私からはぐれてしまっては困る。ちゃんとはぐれずについて来てほしい。だが、そもそも女二人で洞窟探検なんてことになったのは、あけみの超理論から始まった。

「あの洞窟の中にね、漆黒の翼を持った天使がいるのよ」
 あけみは真顔でそうきっぱりと言い切った。この子とは付き合いが長い。だからこうした世迷言にもすっかり慣れてしまっていた。この子はちょっと変わった子なのだ。
「その漆黒の翼を持った天使は、悪魔にあの洞窟に封じられてしまったのよ。白かった翼が輝きを失ってしまうほど、長い長い時を」
「で、今度はどうするっていうの?」
 この子がこうしたことを言う時、そこには必ず何かしらの行動が伴う。それは経験上よく知っていた。
「助けてあげたい!」
 やっぱり。
「でも私一人じゃ不安だから、ゆみちゃんもついて来て」
 そしていつもこうなるのだ。私も必ず巻き込まれる。私は、こういう時の彼女の頼みを断れたことはない。
「わかったよ、わかったから。一緒に行ってあげるからまずそのパンプスをスニーカーに履き替えてきな」
 そうして、今私たちは洞窟にいるのだ。

「それで、その天使はどこにいるの?」
「この洞窟の奥深くだよ。湧き出してる泉があって、その底に封じられているの」
「ふーん」
 私はいつも不思議に思う。ちょっと聞いただけではハチャメチャを言っているようなこの子だが、こうした発言が外れたことは一度もない。今度もきっと、奥深くに泉があるのだろう。
 30分近く歩いた。足元が悪いからそう早くは歩けていないだろう。時間の割には深くまでは潜っていないはずだ。そこに、確かに泉があった。
「あった!ここ、照らし続けててね」
 そう言ってあけみは、スカートの裾が濡れるのも構わずに泉の中に入っていった。突然深くなったりしていないか心配だったが、とにかくまずはと思って彼女の少し前を懐中電灯で照らし続けた。
「ウーラーリ、ヴィシャヤ、ハルプンティーラ、ワーラーマ」
 こういう目的地に着くと、彼女はいつも不思議な呪文を唱える。そして、私がいつも待ち望んでいた時がやってくる!
「アウオーリ、デシャルト!」
 あけみがひときわ大きくそう唱えると、泉に光が差し込んできた。そして、ばさっと大きな羽音がして、何かが上の方へ飛んで行った。
「よかった。漆黒の翼は光を浴びて白く輝き、天に昇っていったわ」
 光の中、あけみが満面の笑顔で言った。その笑顔を胸に焼き付けた瞬間、また洞窟に闇が戻った。
 この不思議のトリックはわからない。でも私は、いつもこの彼女の笑顔を見たいから、こうしている。きっと届くはずがない、そんな諦めがいつもあるから、余計にこの笑顔が尊い。