つくりものがたりにっき

創作文章を載せているブログです

ちょんまげを結って愛を叫ぶ

 その日、私は職場の休憩室で、いつものようにお昼のお弁当を食べながら、いつものようにお昼のバラエティを見ていた。そのバラエティ番組には、飛び入りの男性視聴者がそれぞれの覚悟を胸に、いまどき髪型をちょんまげにする、というわけのわからないコーナーがあった。
 このコーナーが始まるのもいつものようにぼーっと見てたが、登場した男性を見て驚いた。この間ケンカして、しばらく連絡を取っていなかった彼氏だ。ディスプレイの中で彼は司会者にマイクを向けられ、こう言っていた。
「ケンカした彼女に誠意を見せて謝るため、ちょんまげにします!」
「いらんわ、そんな誠意」
 私は思わずそう口に出していた。
「そうよねー、そんなので誠意を見せられても困るわよねー」
 いつも一緒にお弁当を食べている同僚が同意してくる。よかった、ただのツッコミだと思われたらしい。こんなアホが彼氏だとバレたらさすがに恥ずかしい。
 そう思ってるうちに、コミカルな曲とともに彼氏の頭にはバリカンが入れられていく。あのちょんまげの剃っている部分は月代って言うんだっけ?そんなことをなんとなく思ったが、しかし今日はここでこのままいつものようにお昼を過ごすことはとてもできなかった。
「ごめん、今日はちょっと寝不足だから、席戻って寝てるね」
「この時間は席の方が静かだもんね、分かったよー」
 そう言ってくれた同僚に感謝しながら、席に戻る。うちの部署の場合、お昼休みは全員出払うので私以外誰もいない。静かなオフィスの中、私は目を閉じた。
 あの番組のちょんまげコーナーは、前半後半に分かれている。前半は、月代の部分にバリカンを入れるところまで。それから番組は別のコーナーに移り、ちょんまげ志望の男性は番組の裏で髪型を整えられていく。そして見事にちょんまげ頭になったところを披露する、というのが後半だ。後半は、番組の最後になる。
 私は想像した。彼氏が見事にちょんまげになってテレビで愛を叫ぶ姿を。あの彼氏だ、そのくらいのことはやる。断言する。
 思わずため息をついた。学生時代から付き合っている彼氏は、社会人になってもイマイチそういう学生ノリが抜けない人だ。就職した先がエンタメ系の会社で、そういうノリはいつまでも大切にされているようだった。この間のケンカだって、学生ノリで食べ放題飲み放題のお店に行こうとする彼に、もうちょっと落ち着いたところで食事しないか、と提案したら起きてしまったものだ。情けなくて涙も出ない。
 決めた。別れよう。私たちのすれ違いはもう修復できないところまで来ているのだ。
 そう思ったら、彼が番組の最後、ちょんまげコーナーの後半で何を言うのかぐらいは見届けてやろうという気になり、目を開けて休憩室に戻った。
 休憩室に戻りテレビに目を向けると、ちょうどちょんまげコーナーの後半が始まったようだ。見事にちょんまげが結われた頭になった彼氏がテレビに登場する。
「俺はバカだけど、一生彼女を大切にします!」
 予想通り、テレビに向かって愛を叫んだ彼を見て、私は泣けてきた。本当に、どうしてこんなにバカでどうしようもなくて真っ直ぐなのか。これが本気なんだからタチが悪い。いっそのこと、単に私を話のネタにしていてくれた方が、簡単に振れて楽なのに。
 そう、彼氏はいつだって本気だ。それはそこそこ長い付き合いでよく分かっている。
「あれ、戻ってきてたの?」
 私に気がついた同僚が声をかけてきた。
「今日のちょんまげ男、どう思う?あの告白」
「うん、やっぱり好きだよ」
 ふと口をついて出たのは、そんな言葉だった。どういうこと?と混乱している同僚にごめんと声をかけて、席に戻った。
 昼休みは残り1分。急いで彼氏にLINEをしよう。