つくりものがたりにっき

創作文章を載せているブログです

暗闇のなかで

 僕は暗闇が大好きだ。正確には、暗闇の中で彼女とイチャイチャするのが大好きだ。見えるところでイチャイチャする方が萌えるという友人もいるけれど、僕の場合はよく見えない中で妄想を膨らませながらイチャイチャするのが良いのである。

 私は暗闇が大好きだ。暗闇の中では見たくないものを見ないで済むからだ。見えないものは怖くない。例えば、拳とか、舌とか、そういうものが見える方が私は怖い。

 彼女も暗闇が好きらしい。よく見えない方が怖くなくていいのだという。何が怖いのかと聞いたことがあるが、見えるものが怖いと言っていた。正直よく分からない答えだったが、彼女も僕も暗闇が好きだということで性格が一致しているのだから、何も困ったことはない、そう思った。

 彼も暗闇が好きらしい。よく見えない方が色々妄想できて楽しい、と言っていた。本当に私と彼氏は気が合うと思う。私が見たくないものを見ないでいてもらえるのは、本当に助かる。

 僕は暗闇が大好きだ。だが友人に、たまには見える中でイチャイチャするのもいいもんだぞ、と言われ、じゃあたまには明かりをつけてみるかと思った。彼女には何も言わずに、ただ明かりをつけた。

 私は暗闇が大好きだ。だから、彼と一緒にいる時は明かりを消しているし、服を脱いだ後だって暗いままだ。だけど、その日は突然明かりがついた。

 僕は明かりの中、彼女が怖いと言っていたものは何なのか、直感的にわかった。お腹に大きくついた手術の跡。これのことを彼女は見たくなかったのではないだろうかと。

 私は明かりの中、彼が気づいたことがわかった。お腹に大きくついた手術の跡。私がずっと目を背けてきた傷跡だ。そして、彼の拳がふと目に入った。その拳は、私が蓋をしていた記憶を開く最後のきっかけだった。

 僕は慌てて明かりを消した。彼女が卒倒しそうなくらいに真っ青な顔をしていたからだ。この明かりは点けてはいけないものだった。もう、取り返せないくらいに酷いことを彼女にしたのだ、そう思った。

 私は戻ってきた闇の中で、自分でもわかるくらい体が冷えているのを感じた。でも、闇が戻ってきたことで多少は落ち着いてきた。しかし、開いた記憶はすぐに押し込むことができない。私は、彼に何があったのか話をすることにした。

 彼女は暗闇の中で、ぽつりぽつりと語り始めた。彼女は父親と二人暮らしだったということ。彼女の父は彼女を殴る人だったということ。父は恐怖と憎しみそのものだったと。だがある日父と一緒に交通事故にあって、父は死んでしまったということ。そして、手術の跡は……。

 彼に暗闇の中で、私は私の物語を語った。そして、手術の跡。これが一番見たくないものなのだと。この手術の跡は、交通事故にあったときの治療のためにできたものだ。私は臓器が破裂しており、父は脳死状態だった。医者は、せめて私を助けるために、父の臓器を私に移植したのだ。

 部屋は暗闇の中だったけど、彼女が泣いているのは簡単にわかった。見たくない傷。憎んでいた父が今もまだそこにいて、そして彼女を生かしている。

 部屋は暗闇の中だったけど、彼は静かに強く、私を抱きしめくれていた。私の中で生きる父、私を生かす父。まだ許せていないことばかりだが、生きていなければこのぬくもりにはたどり着けなかった。

 暗闇の中、血流の音が聞こえる。それは誰の音なのか。彼か、彼女か、彼女の父か。しかしどんな血が流れていようと、生きている以上のことなどない。