つくりものがたりにっき

創作文章を載せているブログです

青空をつくる

 雲ひとつない青空、それを描くのが私の夢だった。子供の頃の遊び場だった丘の上から見た景色、その青空がどうしても忘れられなかった。
 そのために私は必死に働いてお金を貯めた。青い絵の具は他の絵の具と比べてダントツに高かったのだ。宝石を砕いてでしか手に入れられない青。しかし私が描きたい絵にはその青がどうしても必要だったのだ。幸い町には新しく工場が立ち並び始め、働く場所には事欠かなかった。
 そうして働いて、何年が経ったことだろう。ようやく私は青い絵の具を手に入れるためのお金を貯めることができた。画材屋にびっくりされるほどの量の青い絵の具を発注し、それが届くまでの間、私は思い出の丘に本当に久しぶりに登った。そして空を見上げて愕然とした。空は工場の煙でくすみ、あの青い空などどこにも残っていなかったのだ。
 もうあの青空を描くことは出来ないのか……。そう思いながら、届いた大量の青い絵の具を見つめていた。この絵の具を手に入れたいがために、私は思い出の空を汚す手伝いをしていたという事実が、重い鉛のように私を悩ませた。そして、あの空があんなに汚れてしまったことに今まで気づかなかったことも辛かった。
 これからどうしようか。そう思いながら私はまたあの思い出の丘に登っていた。そこで私は、子供達が遊んでいるところを見かけた。そう、そうやって丘のてっぺんに立って、町を見下ろして、そして空を見上げて……、私が子供の頃に遊んでいた思い出の通りに遊んでいた子供達は、しかし空を見上げて「真っ黒だね」と言い合って、その場を去って行ってしまった。
 そうか、あの子達は私が愛したあの青空を知らない。ならば私が見せてやるしかないではないか。
 私はあの青空を描き始めた。絵を描いている時間のうち、実際に手を動かす時間は短い。思い出の奥深くに潜って、あの空を目に焼き付ける時間の方がずっと長い。だから時間はかかってしまったが、私はようやくあの青空を描ききった。
 そして子供達に見せに行ったのだ。この絵の光景はもう消えてしまったけど、この美しい空がこの町の上には確かに広がっていたのだと。

 それからもう何十年も過ぎた。そんなある日、私は招待状を受け取った。差出人はあの時絵を見せた子供。待ち合わせ場所はあの丘の下だった。私は一体何のことなのかと思いながら出向いた。もう壮年になっているあの子供が言った。あなたの絵が忘れられなくて、自分は排気ガス規制を作り、工場を変えたのだと。
 そうして丘の上に連れて行ってもらえた。丘のてっぺんに立って、町を見下ろして、そして空を見上げて、あの絵の青空を私は見た。消えたはずだった光景をもう1度目にして、涙が溢れて止まらなかった。