つくりものがたりにっき

創作文章を載せているブログです

女が悪魔にかわるとき

 私は、夜の街でポールダンサーをやっている。この仕事をしていると、男たちからの目線に快楽を感じる。それは私がたまたまそういう風にできているだけで、そうじゃない子もたくさんいて、そういう子はこの仕事は長く続かない。
そして、ダンスをしていると普通に売りをするよりも高い値で夜を買ってもらえる。その日もダンスを見てた人からの指名が入った。私はいつものように露出の高い服を着て、指定のホテルに向かった。

 その男は、小さくて小太りだった。そして眼鏡をかけていたが、そのせいかインテリであるように感じた。彼は開口一番こう言った。
「君には、神を堕落させてほしい」
 言っていることの意味がよくわからなかった。彼はそれをすぐに見抜いたようで、言葉を続けた。
「君のために特別なポールを用意したんだ。それを使って、君はいつもの通りに踊ってくれればいい。それが、神の堕落へとつながるのだよ。さぁ、これが今日のポールだ」
 相変わらず何を言われているのかはよくわからなかったが、今日のポールというものを見てようやく悟った。そのポールというのは、人ひとりが磔にできるくらいの十字架であったからだ。
 この男は病んでいる。それだけは分かった。だから危険を感じた。けれども、逃げることはできなかった。男の蛇のような目線がそれを許すわけがないことを語っていた。
 私は服を脱ぎ、下着姿で十字架に向き合った。これから、この『ポール』を使って踊らなければならない。それはとても恐ろしいことだった。こんな仕事をしている私にだって、人並みの信仰心はある。
 私が躊躇していると、男は静かに言った。
「私は女が人間であるとは思っていないのだよ。女は悪魔だ。だからこそ、神を堕落させるに足りる存在である。その悪魔が神を堕落させるために持っている肉体を使うのをためらうのはどういうことだ?人間ではなく悪魔でもないものはどうして生きていられる?」
 その言葉に私は寒気を感じた。やはり、この男は病んでいるし、逃げられないし、拒否できない。
「アーメン」
 心の中でそっとつぶやき、私は十字架を使ってダンスを始めることにした。
 
 最初のうちはどうしても後ろめたかった。だが、男が炊いた香をかぎ、体を動かしているとそうした気持ちがどんどん薄れていく。いつもと違う十字架のポールは、まるで一人の男のようで、私はそれを抱くつもりでダンスを続けた。そうしているうちに、いつもステージで感じる快楽があふれてきた。男の目線を感じるのだ。さっきまで蛇のような冷たい目をしていた男の目線が、今何かに熱くたぎっているのを感じる。
 男は興奮しながら言う。
「そう、それでこそ悪魔だ!神の十字架を誘惑し、堕落させる。お前には今神の姿が見えているか!?お前の身体に全身を嘗め回され、神の座から引きずり降ろされている男の姿が見えるか!?」
 男が言う、神の姿。神の座から引きずり降ろされている男の姿。それが今、私にも確かに見えている。そして、私はもの言わぬこの男を撫でまわし、その肉体を人間のものに堕しているのだ。それは、途方もないほどの背徳感だった。
「君も本性を現したね。言っただろう?女は悪魔だと。やはり君も悪魔だ。飛び切り優秀な肉体を持った悪魔だ!さあ、悪魔よ。神を堕したその身を私に捧げるがいい。そうして私は神よりも上に立つ!」
 病んだ男の言うことに、もはや私は抗う気持ちすら起きなくなっていた。この快楽、この背徳感、これを知ったらもう人間には戻れない。
 私は男になされるがまま、この身を捧げた。最後に男の手が私の首にかかったが、それですら快楽だった。そして、安堵でもあった。
 神を裏切った私は、悪魔として死ぬ。ならば、復活の日を待つことなくここですべてが終わる。
 
 それこそが、神の実在を証明しているじゃないの。