つくりものがたりにっき

創作文章を載せているブログです

2015-10-01から1ヶ月間の記事一覧

海を去る日

この船は宝の船なのだ、と娘には言い聞かせて育てた。私は船乗りで、家族である娘も常に一緒に船に乗せている。岡へ戻ることはごくわずかで、海の上で暮らすことが人生そのものであると言ってもいい。 ある日娘に、この小さな船のどこが宝の船なのか?と訊か…

右側の言葉

「?」 イヤホンをして音楽をかけた時、すぐに違和感に気付いた。右側から音が出てこない。まいった、断線か。 しかし断線なら、コードの位置を調整することで音が聞こえるかもしれない。俺は右側のイヤホンのコードを触って、あちこち動かし始めた。ザッ、…

暗闇のなかで

僕は暗闇が大好きだ。正確には、暗闇の中で彼女とイチャイチャするのが大好きだ。見えるところでイチャイチャする方が萌えるという友人もいるけれど、僕の場合はよく見えない中で妄想を膨らませながらイチャイチャするのが良いのである。 私は暗闇が大好きだ…

鶴が去る必要はない

僕はその日初めて、綾花さんに会いに行った。綾花さんはネットで知り合った女性で、とても気が合った人だ。直接話をしたいね、という話になり、今日待ち合わせることになったのだ。『ayahanasaori「今待ち合わせ場所に着きました」』 僕の視界に、綾花さんか…

僕が死ぬ瞬間

僕はアフリカ美術が好きだ。なんだか、『生』の生々しさが溢れているのがいい。今日も僕はアフリカの美術品を片隅に置いてある雑貨屋に立ち寄っていた。 いつもはただ眺めるだけだけど、今日はふと目についた品があった。笑っているように見える木彫りの像で…

ちょんまげを結って愛を叫ぶ

その日、私は職場の休憩室で、いつものようにお昼のお弁当を食べながら、いつものようにお昼のバラエティを見ていた。そのバラエティ番組には、飛び入りの男性視聴者がそれぞれの覚悟を胸に、いまどき髪型をちょんまげにする、というわけのわからないコーナ…

最後に聴いていたい歌

私は仕事のチャットを終えた。これで今日もひと段落だ。息をついて、居間に向かう。 今の世の中は便利になった。インターネットの発達のおかげで、家にいたままで仕事をするのは難しくなくなった。通勤をしなくて済む、というのは、障害を持つ私にとっては大…

あけみのトリック

『いつものことだけどね……』 私は内心そのように思いながら、暗い洞窟の中を歩いていた。手に持った懐中電灯の明かりだけが足元を照らしている。「ゆみちゃん、怖いね……」 そう言いながら私の左肘をつかんでいるのは、幼馴染のあけみだ。彼女は懐中電灯を持…

それは、約束のために

「アラスカ」 「え?」 彼が突然つぶやいた、その一言。あまりにも突拍子のない単語だったので、私は思わず聞き返してしまった。 「アラスカは、遠いよな」 「うん、そうだね?」 彼が何を言いたいのかわからない。 「アラスカに、出向することになった」 そ…